小笠原六川国際総合法律事務所所長
弁護士
小笠原耕司
近年、日本においても、「働き方改革」や「メンタルヘルス」の問題等、企業が従業員をどのように支援していくかという問題がクローズアップされるようになってきました。
アメリカにおける調査では、労働人口の20%が何等かの問題を抱えていると言われており、労働者の抱える問題によって、企業の生産性が下がっているという問題意識がありました。アメリカでは、すでに1997年の時点で、Fortuneトップ500のうち95%が従業員の抱える心の問題や身体の問題、暮らしの問題などを解決し、もって会社の収益力を高めるための仕組みを導入していました。この仕組みは、EAP(Employee Assistance Programの略称)と呼ばれています。
日本にも、「事業は人なり」という松下幸之助の名言があります。労働者を支援することは、企業の財産価値を高めることにもつながることは間違いありません。弊所は、企業に対する法律サービスを提供する一方で、企業に対し、従業員に対する法律相談サービスの重要性を説明し、平成18年から日本で初めてEAP法律相談サービスとして、企業の従業員に対して、法律相談サービスを提供して参りました。弊所においてこれまでEAP法律サービスを提供してきた中で、法律的な解決を図ることによって、相談者が精神的なストレスからも解放され、元気を取り戻していく姿を目にしてきました。その結果、当該従業員が帰属する企業も活性化しています。
しかしながら、従業員が弁護士に相談するというのはまだまだ敷居が高いようです。また、一見してどのような領域の相談か分からないため、誰にも相談できないまま問題が深刻化するというケースも見受けられます。ソーシャルワーカーはともすれば弁護士が聞き落とすような事情も聞き取って、相談者の心に寄り添った解決を図るという点で、問題が深刻化する前の相談窓口として期待されます。さらに、従業員の抱えるストレスの原因は様々であり、本来、医学(医者・産業医)・心理学(カウンセラー)・法律学(弁護士・社会労務士)等の多くの専門職による総合的なアプローチが必要です。ソーシャルワーカーには、様々な専門職と調整を図る際のハブとしての役割が期待されます。
すでに政府は、犯罪被害少年に対する学校カウンセリング体制の充実のため、第3次犯罪被害者等基本計画(2016~20年度)の素案で、平成31年までにスクールソーシャルワーカーを全公立中学校に設置することを盛り込みました。従業員の立場からすれば、普段勤務する職場において様々な相談のできる産業ソーシャルワーカーの配置が望まれるところです。企業の立場からも、従業員のストレスに対処し支援をしていくことで、企業の生産性を高めることが必要です。産業ソーシャルワーカーが受ける相談内容は幅広く、要求されるスキルも知識も高度で幅広いものとなるでしょうから、本法人による産業ソーシャルワーカーの人材育成は急務な課題と言えましょう。
SATO社会保険労務士法人CEO
佐藤良雄
内閣府が閣議決定した新成長戦略では、2020年までの目標として現在の従業員数50人以上から、事業規模に関係なく全ての企業がメンタルヘルス対策を実施するということが掲げられています。
企業の人事労務担当者や管理職、経営者にとって、このメンタルヘルス対策にどのように取り組んでいけばよいかは、喫緊の課題となっています。
従業員がメンタルを悪化させると、企業経営に及ぼす影響はどのようになるでしょうか。労働生産性が低下し、他の従業員に負荷がかかり業務量や残業が増えるという負のスパイラルが発生する可能性が出てきます。
最悪のケースで過労死が発生したなら、企業のダメージは計り知れません。遺族から民事訴訟で損害賠償請求をされる場合もあるでしょう。あらゆるリスクを最小限に食い止めるためにも、初期段階でのケアが何よりも重要なのです。
我々士業ビジネスはこれからの時代、資格を活かしてそれなりに事務所経営ができたとしても、さらにもう一歩何かの分野に特化していかなければ競争には勝ち抜けません。
一般的に、メンタルヘルスというと精神科医や社会保険労務士が取り扱うイメージが強いですが、実際は社労士のみに限ったことではありません。顧問を抱える税理士がメンタルヘルスの分野に強くなることで、顧問先に適切なアドバイスができることもあるでしょう。つまり、すべての企業にかかわる士業が伸ばして良い分野なのです。もちろん士業に関わらず、企業コンサルティングを行うすべてのビジネスパーソンは、メンタルヘルスの意識と知識を高めることが重要と考えます。ぜひ、産業ソーシャルワーカーの学習を実務に活用してください。
愛知県立大学名誉教授
須藤八千代
イギリスのソーシャルワーク研究者ニール・ソンプソンは「ソーシャルワークとはソーシャルワーカーがやっていることだ」と大胆に言い放つ。また「ソーシャルワークの究極的な定義はない」とも言う。一見乱暴にも思えるがソーシャルワークの本質を言い当てている。
なぜならソーシャルワークは変化し偶発的な出来事の積み重ねでもあるソーシャルなものを相手にしていく仕事だからである。定義し限定して自らの専門的地位や役割に固執する専門職ではない。自分の利益より他者の喜びを、自分の評価より問題の解決を優先する仕事である。
ソーシャルワークはイギリスの産業革命の時代とともに誕生した。すなわち社会の近代化がもたらした人びとの困難や社会問題が生み出した職業である。日本では早い時期に病院で医療ソーシャルワーカーが専門職モデルを確立した。病院の片隅にいながら患者の最大の味方だった。なかでも日本の精神病院や精神医療の改革を担ったのはソーシャルワーカーである。人権や尊厳を奪われた患者を救い出す役割を果たした。
このようにソーシャルワーカーは今、社会の中で解決を求められる問題に柔軟に取り組む仕事である。それによって社会もソーシャルワーカー自身も発展し、成長し、変化する。常に高いアンテナをもって新しい領域を開拓する専門職でなければならない。
その意味では産業ソーシャルワーカーが登場するのは少し遅きに逸したかもしれない。例えば、すでにかなり前にスクールカウンセラーとは別の役割として、スクールソーシャルワーカーの必要性が認められ学校や地域で働いている。カウンセリングという個人の内面に限定された支援だけでなく、環境や状況全体に関与することで解決を図るソーシャルワークが登場したことで、子どもへの支援の幅は大きく広がった。
病院や学校、地域、家族領域だけでなく、社会の根幹を支える会社、そこで働く人たちへのソーシャルワークとなる産業領域のソーシャルワークがようやく日本でスタートした。働く時間、働く場、そこで生きる時間は、その人の一日のなかで一番「生きのいい」大切な時間である。また人はメビウスの輪のように仕事とそれ以外の私的な時間をつないで生活している。
産業ソーシャルワーカーは、個人と社会の交点に立つソーシャルワーク本来の役割を担い、ソーシャルワークの新たな地平を切り拓くと確信している。
労働者と生活者の両面から予防的にアドバイスする役割として
産業医科大学産業衛生教授
浜口伝博
「労働衛生活動」は、労働現場に存在する有害要因(粉塵、鉛、化学物質、重筋労働等)から労働者の安全 と健康を守ることを目的としています。現在は1972年施行の労働安全衛生法が基幹法となり、関連法令を適 応させながら有害業務がこまかに管理されています。しかし同法施行からすでに半世紀近くがたち、我が国 の産業構造は大きく変化しました。
その代表的な変化は第3次産業への労働人口のシフトです。すでに7割超ともなった第3次産業人口はこれか らも増大していくことでしょう、また生産システムもさらに自動化が進み従来型の有害業務はますます減っ ていくと思われます。職場から有害要因を排除することを目的とした「労働衛生活動」は、いまや軽少と なった有害要因と労働者自身の生活習慣との健康的な整合を図っていく「産業保健活動」へと変容してきま した。
職場の産業保健専門職(産業医、産業看護職、衛生管理者等)は、法令順守をするとともに独自の保健活動 を展開中です。
組織や集団を動かす一方で、健康診断結果を活用しながら労働者個人に対しても保健指導を行っていますが、 個人へのアプローチにおいては、労働者としての側面以外に、生活者としての側面についても十分な配慮が 必要です。ところが時間的場所的な制限もあり、また労働者側の遠慮意識もあることから、労働者側の事情 をくみ取った保健指導になれていないのが実情です。
労働者の個人背景や家族要因、地域社会状況なども含めた話題を拾いながらの相談こそ労働者の求めるもの でしょう。その意味で、労働者と生活者の両面の間伱を埋めながら相談にのれるのは産業ソーシャルワーカー の方が適しているかもしれません。
労働者にとっても「解決のための行動の第1歩を踏み出すまで伴走する相談の専門家」がいてくれることは 心強い限りです。これからは職場の保健活動として、がんの治療と就労との両立や、出産後も仕事をつづけ る女性への支援、親の介護で苦労している方々への支援も含まれてきます。仕事の悩みとプライベートの悩 みについて「予防的」にアドバイスを続けてくれる産業ソーシャルワーカーの活動が望まれています。
リクルートワークス研究所所長
大久保幸夫
ダイバーシティ経営、働き方改革。これらの取組を進めるうえで課題となるのが現場のマネジメントです。
多様な人々を活躍させるのはマネジャーの仕事。育児と仕事を両立しようという女性や、親の介護と仕事を両立させたいと考えるミドルなど、個々に抱える制約条件も異なるため、それぞれの状況に配慮して、ときにはアドバイスもしなければなりません。働き方改革によって、仕事を無駄なくアサインして、生産性を上げ、残業をせずに帰れるようにすることもマネジャーの仕事。ときにはテレワークによって目の前に部下がいないこともあり、そのなかでも業績を上げ続けるマネジメントを期待されています。
古い時代と現在とではマネジャーに期待されるものは大きく変わりました。まずマネジメント以外にプレイヤーとして個人業績を上げることを求められるようになりました。いまや課長職の8割がプレイングマネジャーです。またメンタルヘルスへの対応やコンプライアンスへの対応などの新しい役割が追加され、人材育成や業績推進は以前よりも要望される水準が高くなっています。しかもパワハラと思われないように丁寧にマネジメントしなければなりません。
現場のマネジャーたちはこれらの期待にうまく応えられているのでしょうか。残念ながら答えはNOだと思います。マネジメントスキルの強化を人事課題に掲げて、研修プログラムを充実させる企業もありますが、もともと過剰負荷のなかでのことですから、簡単ではありません。
そこでひとつの解決策として登場したのが「産業ソーシャルワーカー」なのです。ワークライフに関する多様な課題を抱えた部下のマネジメントは、精神的にも大きな負荷がかかるものです。その部分を社員から直接相談を受ける形で解決してくれます。併せて悩めるマネジャーからの相談に応じることで、マネジャー支援の有力な方法となっています。
これまで人事・労働分野での新しい取組みは、すべてマネジャーの負荷を高めるものでしたが、産業ソーシャルワーカーは逆にマネジャーの負荷を軽減します。ここに魅力があります。
組織として産業ソーシャルワーカーを活用することをぜひお勧めしたいと思います。
また、資格検定3級にあたる産業ソーシャルワークの基礎を学べば、人事や現場のマネジメントの助けになるでしょう。プロの産業ソーシャルワーカーになるには、相談・援助の経験に基づく高度なスキルと、ワークライフ全般に関する広範な専門知識が必要ですが、3級では相談・援助のスキルをどなたでも簡単に学習できます。
日本ではまだはじまったばかりの活動ですが、ワークライフの充実を求める個人と、活力ある組織をつくりたい企業と、双方に貢献してくれるものになるに違いありません。